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私の病気

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(今日の記事↓)

いつも「何やってんだか ┐( ̄ヘ ̄)┌」的な日記ばかりですが
今日のはチョイと重いです。そして長~いです。
「無理」って方は軽くスルーして下さい  ~(^◇^)/ 

一度は書こうと思っていた私の病気の話。

本当は思い出すのもしんどい・・・。

でも毎日ぐだぐだ暮らしている私にも
そんな時があった事を誰かに伝えてみたい。

その誰かは今闘病中の誰か・・・・・。

つらいばかりの毎日、絶望のトンネルを超えて
相も変わらずバカやって笑って暮らしてる奴がここにいる。

だから今自分のいる長いトンネルの先にも
必ず光が射している・・・そんなふうに思って毎日を過ごしてほしい。

~~~~~~~~~~~~~


始まりは子宮癌でした。
当時息子のナルは8歳、サクラはまだ5歳。

色々な不安や思いがめぐりましたが
発見が早く5年生存率は100%と聞いて安心していました。

そして無事5年が過ぎ、もうすっかり再発の心配も忘れた6年目。
そこからが私の本当の闘病生活の始まりになりました。

当初、整形外科と婦人科を行ったり来たりし
最終的に部位は後腹膜。6年前の再発と判明。

再発した私の癌はびっくりするほど進行が早く
すでに骨盤壁にも浸潤しているようでした。

最初鼠径部に違和感があっただけの症状が
足につながる神経が大きくなる腫瘍で圧迫されたのか
一ヶ月後にはもう自力では歩けなくなっていました。

その時点では手術は行えず
化学療法と放射線治療を行う事に。

その頃の私は毎日死への不安と恐怖の連続。
同時に腰や足に今まで経験した事のない耐え難い痛みを感じていました。


何を見ても笑えず、眠れず、泣くことさえも出来ずにいました。

ナルは中学2年生。サクラは小学5年生になっていたものの
まだまだしてやりたい事がいっぱいありました。
そして何よりも成長していく子供達の姿を真横で見ていたかったのです。


病気の状態、治療方針などの説明は担当の先生から受けてはいましたが
本当は一番聞きたくて、でも怖くて聞けずにいた事がありました。
ある夜、私は思いきって担当の先生に質問したのです。



「治療すれば・・・治りますか・・・?」




その時の先生のつらそうな声を今でも覚えています。




「・・・・・・・・・・・治りません。」



しばらく時が止まったような気がしました。


私を担当して下さった先生は最初の癌の時からお世話になっている先生で
誠実でとても信頼のおける良い先生でした。

先生を困らせる事をわかりながらも私は続けて質問をしました。




「あと、どのくらい生きられますか?」




私の入院していた病院は有名な大学病院でしたが
自宅からはかなり遠く、もし私に残された時間がわずかならば
子供達に頻繁に会える自宅近くの病院にと決めていたからです。


先生の答えを待つ間体が震える思いでした。



「化学療法と放射線治療
すべて順調にうまくいって・・・手術ができて・・・・・2年。」



その言葉を聞いた途端、実は少しほっとしたのです。
自分自身ではもういくらも日がないのではと思っていたので
2年と聞いてまだ少し時間があると思えたのです。


決して楽天的なのではなく
鼻がくっつきそうなほど目の前にいた死神が一歩後ろに下がってくれた。
そんな感じでした。


痛み止めと化学療法の副作用、高熱にうなされながらの日々は
できれば今でもあまり思い出したくないつらさで・・・。

同じ抗癌剤の種類を使っていても副作用のあらわれ方は人それぞれ。
私の場合「きっと前世で何かやらかしたよな(ノ_-;)ハア…」って思いでした。

あっという間に痩せていき体重が35キロをきり始めた頃から
精神的に鬱を感じる日が多くなりました。

腰や足の痛みは治まらずモルヒネの量も増えていきました。
朝目が覚めて夜眠るまで痛みが続き
「10分だけでもいいからこの足をはずしてみたい。」
ずっとそう思っていました。


なんとか予定していた化学療法を終え、
私の癌は当初よりだいぶ小さくなり
このまま癌細胞がおとなしくしていてくれたら・・・・
そんな希望を持ちながらしばらく退院して様子をみる事になりました。


ホッとしたのもつかの間、自宅に帰って2週間後
あの忘れられない痛みに再び襲われました。
すぐに病院へ行きましたが、検査結果を待たなくても
癌細胞が活発に動きはじめたのはあきらかでした。

残された道はリスクのある手術だけ。
婦人科系をすべて切除するのはもちろんの事
癌は骨盤にまで浸潤していたので
片側の骨盤をざっくり切り落とす手術を同時に行う事になりました。
当然その時点で片足は失う事に。

かなりの大手術ですが、その手術が成功したとしても
それで病気が治るわけではないのです。
これまでの経緯からいって何ヶ月か後には又癌が
動きだしてくるかもしれません。
それでもゆっくり悩んでいる時間はありませんでした。

骨盤の切断を担当して下さる整形外科の先生に
手術後一人で排泄できる様になるのかどうかだけを確認しました。
もし介護が必要になるなら手術は躊躇したかもしれません。
家族に迷惑をかけたくない・・・そんな思いがありました。

そんな時入院中の私に息子のナルからメールが届きました。
そのメールは中学生の男の子らしいなんともぶっきらぼうな内容でした。


「体が不自由になってかかる迷惑は全部許す。
    死んだら迷惑! 超~迷惑!」


たったこれだけの内容でしたが
私を手術台にのせるには十分すぎるものでした。


手術後、化学療法をもう一度行い私は退院しました。
(術後の様子は記憶から消し去りましたm( ̄ー ̄)m ゴメン )

その後義足の歩行訓練の為専門の病院に入院しましたが
以降何ヶ月かごとの検診は受けているものの
今現在幸いなことに再発はありません。


それはもちろん
本当に色々な方法を考え私を治療して下さった各科の
スペシャリストな先生方のおかげです。
そして家族、友人、
さまざまな人達の支えがあっての事だと思っています。

そしてもう一つ・・・。

私を孤独と絶望から救ってくれたものがあります。
私の名前からこれかな?と想像される方もいらっしゃるでしょうが

 
「たとえ明日世界が滅ぶとしても
私は今日りんごの木を植えるだろう」



マルティン・ルターのこの言葉でした。

入院中偶然開いた本の中で見つけたこの言葉は
限られた短い時間で何ができるのか、残された命をどう使うか
そんな事ばかり考え焦っていた私の思いを消し去ってくれました。

たとえ私の命が明日なくなるとしても
希望を捨てずに今日を過ごそう。
この先何があろうともいつもと変わりなく夢を持って生きよう。
何年も先に実るりんごを夢見て・・・
そんなふうに思えるようになったのです。


そして私は現在(いま)・・・生きています。
手術を受けてから今年で5年目になります。
このブログを読んで下さった事のある方はご存知の通り
「何やってんだかね(ー"ー)」な毎日を過ごしています。
あのつらかった日々からは想像もできなかった毎日を過ごしています。

だからもし何かの偶然でこの日記を目にして下さった方がいたなら
そして今あなたがもし闘病の中で戦っているとしたなら
いつかもう一度笑って過ごせる日が来ることを信じてほしい。


希望を捨てずあなたが思い描く夢をいつか叶えてほしい。


心から・・・そう思うのです。




(追記)

伝えたい思いがたくさんあるにもかかわらず
自分の文章力のなさを心底痛感しております。
長い長いぐだぐだな文章に最後までお付き合いいただいた方
本当にありがとうございました。


その辛抱強さと体力があれば
どんな事でも乗り越えられる事間違いなしです!


      y(^ー^)y ピース





                    NEXT⇒⇒



























































































































病院

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(今日の記事↓)

久しぶりに病院の日。
今は3ヶ月毎に検査をしてもらっている。

私を担当して下さってた先生が
この春病院を移動されたのに伴い
追いかけ転院したものの
今の病院は自宅から車で片道2時間半( ´Д`)=3


近くに病院はたくさんあっても
心から信頼を寄せられる先生に出会えるのは
本当に稀なことで・・・。


私の場合、もう何年も前に
今の先生に命はお預けしてあるので
この先どこに行かれても
最後までお願いするつもりヽ(´ー`)ノ


私の病気、手術のことなどは
またゆっくり書くつもりでます。
とにかく検査検査~!



                     NEXT⇒⇒



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プロフィール

マルティン

Author:マルティン
40代  主婦 関西住み
ブログの主な登場人物
息子:(ナル)大学生
 娘:(サクラ)高校生
  時々オトン

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